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戦国時代の一問一答と流れの解説

大名の領国経営と海外交流、鉄砲・キリスト教の伝来をたどります。まず流れの解説を読み、一問一答(30問)と、用語から説明を選ぶ4択で確認します。

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流れの解説

戦国大名が領国をつかむ

室町幕府と守護の支配が揺らぐと、地域の武士が家臣や土地を直接支配する戦国大名へ成長しました。上位の権力者を実力で倒す下剋上は、こうした権力関係の変化を表す語です。ただしすべての大名が家臣から成り上がったわけではなく、守護の家が支配の仕組みを変えて戦国大名となる場合もありました。主君の地位だけでなく、領国内で軍事力と収入を確保できることが支配を続ける条件になりました。

伊勢宗瑞とも呼ばれる北条早雲は伊豆の堀越公方を倒し、相模の後北条氏の祖となりました。後北条氏の第3代当主北条氏康は、小田原を拠点に支配を広げました。領国の各地で家臣に所領を与え、その収入に応じた軍役を求めることは、大名の軍事力の基盤でした。城と周辺の土地を押さえるだけではなく、家臣がどの土地を持ち、どの義務を負うかを記録する必要がありました。

家法・帳簿と城下町

領国の秩序を定める分国法には、駿河の今川氏親による今川仮名目録、甲斐の武田晴信による甲州法度之次第、陸奥の伊達稙宗による塵芥集などがあります。家臣の行動や争いの処理を規定し、大名の支配の基準を示しました。朝廷や幕府の法がすべて消えたのではなく、地域を治める権力が独自の規則を加えたのです。

後北条氏の小田原衆所領役帳は、家臣の所領を貫高で記し、軍役賦課の基準にしました。後の石高による把握と混同せず、何を収入の基準として記したかを区別します。城下町には家臣と商工業者が集まり、侍町は武士の居住区域となりました。家臣を城の周囲へ集めることは統制と軍事動員に役立ち、商人や職人の活動は兵器や生活物資の供給を支えました。

大名の法には家臣の婚姻や争い、売買などの行動を規制する内容もありました。家臣が勝手に同盟や私的な戦闘を行えば、領国全体の秩序と軍事動員が崩れるためです。城下への集住は大名が家臣の行動を把握する手段となり、帳簿に記した負担は兵や物資を集める根拠になりました。領民の生産と商人の流通が滞れば、軍隊を維持することも難しくなります。戦国大名は地域での戦争を続ける一方、法・帳簿・都市を用いて戦争を支える日常の支配を整えました。

大名の競争と生産

甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信は、信濃で川中島の戦いを繰り返しました。信玄は武田晴信、謙信は長尾景虎という名でも知られます。毛利元就は安芸を本拠に、厳島の戦いで陶晴賢を破って勢力を伸ばしました。地域の交通路や港、耕地を押さえることは収入の確保につながり、領国を広げる戦いは経済の基盤をめぐる争いでもありました。

大名は鉱山の開発にも関わり、金銀などを軍事や交易に利用しました。農業の収入に加えて、商業や資源から得る利益が長い戦争を支えました。1560年、尾張の織田信長は桶狭間の戦いで今川義元を破りました。この勝利は信長が尾張の外へ進出する足掛かりとなりましたが、その時点で全国統一が完成したわけではありません。各地の大名が領国を支配する段階から、広い範囲をまとめる政権へ移る過程が続きました。

鉄砲と南蛮貿易

1543年、種子島へ来航したポルトガル人によって鉄砲が伝わったとされます。火縄式の銃は国内でも作られ、堺や国友などが生産に関わりました。伝来した武器を持つだけでは大量に使用できず、製造の技術、弾薬や火薬、扱う兵の訓練が必要でした。商業都市の技術や流通は、新しい装備を各大名へ供給する役割を担いました。

ポルトガルやスペインなどとの南蛮貿易は、商品の取引と宣教師の活動を結び付けました。海外からの物資は戦争や生活に利用され、日本の産物も取引されました。大名は貿易の利益や武器の入手を求め、港や商人の活動に関わりました。外国船の来航は大名の軍事力だけでなく、宗教や生活文化にも変化をもたらしました。

布教・使節と出版

1549年、イエズス会のフランシスコ・ザビエルは鹿児島へ来航し、キリスト教の布教を始めました。受洗して宣教師を支援するキリシタン大名が現れ、領国内に信徒の集団が形成されました。信仰への関心と、海外の商人や宣教師との交流を求める動きが重なりました。ただし大名の受洗によってすべての住民が同じ宗教へ変わったわけではありません。

1582年には大友・大村・有馬の領主らが天正遣欧使節を派遣しました。伊東マンショらの少年使節は、日本の信徒とヨーロッパを結ぶ役割を持ちました。宣教師は日本語を学び、教えを伝えるためキリシタン版の出版にも取り組みました。海外との交流は武器や商品の輸入に限られず、文字・印刷・言語学習にも及びました。後の統一政権は、広がった布教と対外貿易をどのように統制するかという課題を引き継ぎました。

一問一答

問題一覧を開き、答えの帯を押すと答えが出ます。

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  1. 1
    室町時代後期、主君や上位の権力者を実力で倒して地位を奪う風潮は何か。
    下剋上別解:下克上
  2. 2
    室町時代後期、守護の権限だけによらず領国内の土地と家臣を直接支配した領主は何か。
    戦国大名
  3. 3
    室町時代後期、伊豆の堀越公方を倒し、相模の後北条氏の祖となった人物は誰か。
    北条早雲別解:伊勢宗瑞
  4. 4
    戦国時代、領主が城を中心に家臣や商工業者を集めて形成した都市は何か。
    城下町
  5. 5
    戦国時代、領主が領国の統治や家臣の行動を規制するために定めた法は何か。
    分国法別解:大名家法
  6. 6
    戦国時代、駿河の今川氏親が制定した家法は何か。
    今川仮名目録別解:今川かな目録
  7. 7
    戦国時代、甲斐の武田晴信が制定した家法は何か。
    甲州法度之次第別解:信玄家法
  8. 8
    戦国時代、陸奥の伊達稙宗が制定した家法は何か。
    塵芥集
  9. 9
    戦国時代、甲斐を本拠とし、晴信から改名して上杉謙信と争った武将は誰か。
    武田信玄別解:武田晴信
  10. 10
    戦国時代、越後を本拠とし、武田信玄と争い、関東管領となった武将は誰か。
    上杉謙信別解:長尾景虎
  11. 11
    戦国時代、安芸を本拠とし、厳島の戦いで陶晴賢を破った武将は誰か。
    毛利元就
  12. 12
    戦国時代、小田原を本拠とした後北条氏の第3代当主は誰か。
    北条氏康
  13. 13
    戦国時代、武田信玄と上杉謙信が信濃の北部で繰り返し戦った一連の戦闘は何か。
    川中島の戦い別解:川中島合戦
  14. 14
    1560年、尾張の織田信長が駿河の今川義元を破った戦いは何か。
    桶狭間の戦い別解:桶狭間合戦
  15. 15
    戦国時代、後北条氏が家臣の所領を貫高で記し、軍役賦課の基準とした帳簿は何か。
    小田原衆所領役帳別解:所領役帳
  16. 16
    戦国時代、大名が家臣の屋敷を城の周辺に集めた、武士の居住区域は何か。
    侍町別解:武家地、武家屋敷
  17. 17
    戦国時代、大名の領国経営を支え、金や銀を採掘する場所は何か。
    鉱山
  18. 18
    16世紀、ヨーロッパから伝わり、堺や国友などで製造された火縄式の武器は何か。
    鉄砲別解:火縄銃
  19. 19
    1543年、ポルトガル人の来航によって新しい火器が伝わったとされる大隅国の島は何か。
    種子島
  20. 20
    16世紀、ポルトガルやスペインなどの商人との交易は何か。
    南蛮貿易
  21. 21
    16世紀、ヨーロッパ人が来航して広めた、イエスを信仰の中心とする宗教は何か。
    キリスト教
  22. 22
    1549年、鹿児島に来航して布教を始めたイエズス会の宣教師は誰か。
    フランシスコ・ザビエル別解:フランシスコザビエル、ザビエル、ザヴィエル
  23. 23
    16世紀、ザビエルが所属し、アジアへの布教を進めたカトリックの修道会は何か。
    イエズス会別解:耶蘇会
  24. 24
    16世紀、受洗して領国で宣教師の活動を支援した領主の総称は何か。
    キリシタン大名
  25. 25
    1582年、大友・大村・有馬の領主らがヨーロッパへ派遣した少年たちの使節は何か。
    天正遣欧使節別解:天正遣欧少年使節
  26. 26
    16世紀、天正遣欧使節の正使の一人で、日向出身の少年は誰か。
    伊東マンショ別解:伊藤マンショ
  27. 27
    16世紀末、キリスト教の教えや日本語を印刷した宣教師の出版物は何か。
    キリシタン版
  28. 28
    戦国時代、種子島に鉄砲が伝来したとされる年は何年か。
    1543
  29. 29
    戦国時代、ザビエルが鹿児島に来航した年は何年か。
    1549
  30. 30
    戦国時代、織田信長が桶狭間で今川義元を破った年は何年か。
    1560

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