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日清・日露戦争と近代産業の一問一答と流れの解説

条約改正と戦争、植民地支配、産業と社会・文化をたどります。まず流れの解説を読み、一問一答(30問)と、用語から説明を選ぶ4択で確認します。

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一度の正解は「正解済み」、別の日にも正解すると「定着」と表示します。

流れの解説

条約改正の二つの課題

幕末の条約には、外国人の裁判をその国の領事が扱う領事裁判権と、日本が関税率を独自に定められない制約がありました。条約改正は、国内の法制度の整備と外国との交渉を並行して進める課題でした。1894年、陸奥宗光はイギリスとの改正条約で領事裁判権の撤廃を実現しました。条約を結んだ時点と、実際に効力が発生する時点は同じではありません。

1911年には第2次桂内閣の外相小村寿太郎が関税自主権の回復を実現しました。外国人を日本の裁判権の下に置く問題と、輸入品への税率を決める問題は別であり、一つの年にすべて解決したとは説明できません。条約改正は外交上の地位だけでなく、国内の裁判制度や産業を保護する政策の条件にも関わりました。

日清戦争と列強の干渉

1894年、日本と清は朝鮮をめぐって日清戦争を始めました。1895年の下関条約は、日本への台湾の割譲などを定めました。日本の勝利は朝鮮と台湾の政治を変え、中国や列強との関係にも影響しました。ロシア・ドイツ・フランスは三国干渉で遼東半島の返還を求め、日本はその要求を受け入れました。戦争で得た条件を、講和後もそのまま維持できるとは限らなかったのです。

台湾には台湾総督府が設けられ、植民地としての統治が始まりました。現地の人々は日本の支配を受け、抵抗も起こりました。日本国内での国力や財政の変化と、支配を受ける地域の経験は同じではありません。東アジアで影響力を広げる日本の行動は、列強との協力や対立とともに、朝鮮・中国・台湾の人々の生活を変えていきました。

日露戦争とその後の権益

1902年、日本は日英同盟を結び、ロシアに対抗する外交上の基盤を作りました。1904年、朝鮮と満州をめぐる対立から日露戦争が始まりました。1905年の日本海海戦では東郷平八郎が連合艦隊を指揮しました。戦争の継続には兵士だけでなく多額の費用と物資が必要で、政府は軍事と財政の双方の条件の下で講和へ進みました。

1905年のポーツマス条約はアメリカの仲介で結ばれました。賠償金がなかったことなどに反発した人々は、東京で日比谷焼打ち事件を起こしました。戦争に費用を負担した国内の期待と、交渉で得られる条件の差が社会の混乱に結び付きました。1906年には南満州鉄道株式会社が設立され、鉄道経営などの権益を進めました。1910年の韓国併合後は朝鮮総督府が置かれ、日本の植民地支配が拡大しました。

工業化・財閥と社会問題

製糸や紡績などの工業が発展し、機械を使う工場で働く人々が増えました。1901年に操業を始めた官営八幡製鉄所は、鉄鋼の生産を支える拠点となりました。三井や三菱などの財閥は、同族の支配の下で多様な企業を持ち、金融と産業を結び付けました。企業の成長は生産を増やす一方、労働条件や地域の環境をめぐる問題も生みました。

足尾鉱毒事件では渡良瀬川流域に被害が広がり、田中正造は議会で追及し、天皇へ直接訴えようとしました。工業の利益と、被害を受ける住民の生活が対立したのです。1911年に制定された工場法は労働時間などの保護を定めましたが、制定と施行の時点は区別されます。労働者や住民の要求が法律や政治へ向かう過程は、工業化の歴史の一部でした。

製糸や紡績の工場では多くの女性が働き、農村の家計と工場の賃金が結び付きました。輸出する製品の需要は海外の市場に左右され、雇用や労働条件にも影響しました。工場の成長は機械の導入だけでなく、人々の移動と働き方の変化によって支えられました。鉱山や製鉄などの発達は周辺の土地や河川の利用にも関わり、企業の活動範囲と住民の生活圏が重なりました。産業の拡大と労働・公害の問題は、別々の出来事ではなく同じ工業化の過程で生まれました。

政党政治・反戦と文学

明治後期には桂太郎と西園寺公望が交互に政権を担う桂園時代がありました。政党の役割が増す一方、外交と戦争をめぐる議論も広がりました。1903年に幸徳秋水や堺利彦らが設立した平民社は、反戦の主張を発信しました。政府の戦争政策と国民の意見が常に一様だったのではなく、新聞や出版を通じて異なる考えが表明されました。

教育と出版の広がりは文学の読者を増やしました。森鷗外の舞姫、樋口一葉のたけくらべは異なる生活と人間関係を描き、夏目漱石は明治から大正にかけて吾輩は猫であるやこころなどを書きました。与謝野晶子はみだれ髪を刊行して短歌の表現を広げました。作品の形式と主題はさまざまで、近代化を一つの評価にまとめる文章ではありません。新しい制度と都市の生活の中で、個人の感情や社会との関係を表す言葉が生まれました。

一問一答

問題一覧を開き、答えの帯を押すと答えが出ます。

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  1. 1
    1894年、領事裁判権の撤廃を含む条約改正をイギリスと実現した外相は誰か。
    陸奥宗光
  2. 2
    1911年、関税自主権の回復を実現した第2次桂内閣の外相は誰か。
    小村寿太郎
  3. 3
    明治時代、外国人の裁判をその国の領事が扱う、不平等条約の権利は何か。
    領事裁判権別解:治外法権
  4. 4
    明治時代、国家が輸入品への税率を独自に定める権利は何か。
    関税自主権
  5. 5
    1894年、日本と清が朝鮮をめぐって始めた戦争は何か。
    日清戦争
  6. 6
    1895年、日本と清が結び、台湾の割譲などを定めた講和条約は何か。
    下関条約別解:日清講和条約、馬関条約
  7. 7
    1895年、ロシア・ドイツ・フランスが日本に遼東半島の返還を要求した出来事は何か。
    三国干渉
  8. 8
    1902年、日本がロシアに対抗するためイギリスと結んだ協定は何か。
    日英同盟
  9. 9
    1904年、日本とロシアが朝鮮・満州をめぐって始めた戦争は何か。
    日露戦争
  10. 10
    1905年、日本とロシアがアメリカの仲介で結んだ講和条約は何か。
    ポーツマス条約別解:日露講和条約
  11. 11
    1905年、講和条約に賠償金がなかったことなどへの反発から東京で起こった事件は何か。
    日比谷焼打ち事件別解:日比谷焼き打ち事件、日比谷焼打事件
  12. 12
    1905年、日本海海戦で連合艦隊を指揮した司令長官は誰か。
    東郷平八郎
  13. 13
    1906年、日本が満州で鉄道経営などを進めるため設立した会社は何か。
    南満州鉄道株式会社別解:南満州鉄道、満鉄
  14. 14
    1910年、日本が韓国の主権を奪い、植民地支配を開始した出来事は何か。
    韓国併合別解:日韓併合
  15. 15
    1910年、韓国併合後に朝鮮の統治機関として設けられた官庁は何か。
    朝鮮総督府
  16. 16
    1895年、台湾の割譲後にその統治機関として設けられた官庁は何か。
    台湾総督府
  17. 17
    明治後期、足尾鉱毒事件を追及し、天皇に直接訴えようとした政治家は誰か。
    田中正造
  18. 18
    明治時代、渡良瀬川流域で被害を生み、田中正造らが追及した公害事件は何か。
    足尾鉱毒事件
  19. 19
    1911年、労働時間などについて工場労働者の保護を定めた法律は何か。
    工場法
  20. 20
    1901年、福岡県で操業を開始し、鉄鋼生産の拠点となった官営工場は何か。
    八幡製鉄所別解:官営八幡製鉄所
  21. 21
    明治時代、三井・三菱など、同族による支配の下で多様な企業を持った企業集団は何か。
    財閥
  22. 22
    明治後期、桂太郎と西園寺公望が交互に政権を担当した時期は何か。
    桂園時代
  23. 23
    1903年、幸徳秋水や堺利彦らが設立し、反戦の主張を発信した団体は何か。
    平民社
  24. 24
    明治時代、舞姫などを書いた、医師でもある文学者は誰か。
    森鷗外別解:森鴎外
  25. 25
    明治時代、たけくらべなどを書いた女性作家は誰か。
    樋口一葉
  26. 26
    明治から大正時代、吾輩は猫であるやこころなどを書いた作家は誰か。
    夏目漱石
  27. 27
    明治時代、短歌の革新に取り組み、歌集みだれ髪を出した歌人は誰か。
    与謝野晶子
  28. 28
    明治天皇の時代、日清戦争が始まった年は何年か。
    1894
  29. 29
    明治天皇の時代、日露戦争が始まった年は何年か。
    1904
  30. 30
    明治天皇の時代、日本が韓国併合を行った年は何年か。
    1910

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